簡易日記(2006年4月〜6月)

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6月30日

波蘭語の「指差し会話帳」はちらっと見ただけだが,楽しそうだ.
「あなたのことがずっと気になっていたんです」なんて指差して使うことあるのかな?

「これは誰の地図ですか?」「あなたの地図ではありませんか!」
みたいなのばかりをやっているのも気が滅入るものがあるし,
たまにはこんなのも悪くないと思う.


6月29日

今日はデニーズで超絶ファインプレーがあったらしい.


6月28日

ひげひげのXBを聞いた.
授業後,とある4年生の力作を拝見する.
立方体をいくつかの多面体に切り分けて,
組み立て直すと二つの同じ大きさの立方体に.神業なり.
何かを見て作ったのではないらしい.すごい学年だなあ.

最近喫茶店にも飽きてきた.図書館に回帰すべき時か.

海外送金はしなくてよさそうだ.T井先生に聞いておいてよかった.


6月27日

最近元気がない.大体日本は暑い.ヨーロッパに行くと少しはましかな?
でもクーラーはないのが普通なのでしたっけ.

久しぶりの坪井研だった気がした.って,一年生の来るのが遅いよー.
アレクサンダーの定理の証明が理解できずにへこんだ.のっとっと.
波蘭語の先生と初めて話した.
「数学」の波蘭語はアクセントが特殊だということを今更知った.
波蘭語中級ともなると受講者一ケタは当たり前らしい.
野沢くんと google の地図で遊んだ.


6月26日

つくばまでは二時間ちょっと.便利な世の中です.
今は筑波大の書籍部は言語学フェアをやっている.
興味がないでもないけど,適度につまみ食いするのが下手な性質をもつ私としては
やはり避けておいた方が無難であろう.


6月25日

めちゃくちゃ丁寧な論文,というと,数学者には褒め言葉ではないのだろうか.
でも,丁寧な論文は,正直うれしい.


6月24日

箱根の地名「強羅」は波蘭語で山を表す góra (グーラ)に似ているが,
ただの偶然だろうか.

何もしていないのに時間だけ過ぎていくのは止めてくれ.


6月23日

巻き取り式イヤホンというのを買ったが,
耳に装着する部分が,どうみてもすぐに壊れそうなプラスチック部品で出来ている.
いままでの調子で携帯すれば,一昼夜で四分五裂,一週間で粉砕か.


6月22日

海外遠征を前に,父親からの訓示.
これからテンションを上げていこう.

観光どころじゃなくて,目的地に間違いなくたどりついて
生還すること,また犯罪に巻き込まれないこと,それだけですね.
(O先生だって地下鉄で囲まれたそうだし,…これはレベルの高い要求か?)
更にいえば学会発表なんてそれに比べればどうにでもなるんじゃね? という感じ.
何しろ事情がまる分かりの人の前で,英語で分かっていることを英語で話すんだし.
いや,まだ話せるという確約はいただいていなんですけどね.
ていうか,間違いが見つかりました発表できません残念です,という不安は
まだ完全に除去できていないのだ.

まあともかく,拙い英語を理解してくれる人を見つけ出し,
鉄道の切符を買うとか,そのくらいは自分でできないと
日程の完遂は覚束ないようである.そこが最大の壁だ.
なんかいきなりこんな個人旅行って,「崖から突き落とす」
かつての(?)数学科の教育法を連想させるものがあるな….
まあ,多少突き落とされた経験あるから何とかなる?


6月21日

今日は何冊か本を返した.
読むべきであって読んでいない本がある.一方で読む必要もないのに読んでいる本もある.


6月20日

英語の勉強より波語の格変化の勉強の方がずっと楽だ.
それと関係ないが,そろそろ図書館にいろんな本を返さなければいけない気がする.返そう.

昨日話した貨幣単位の数え方は,色々な名詞についてもそうらしい.
単数と複数で違うのはいいとして,複数でも4個以下か
5個以上かで用いる格が異なるとかである.
つまりあれですね,
位相幾何学での低次元と高次元を波蘭人は生まれつき言い分けているという訳で,
なんともなんともな話であります.

1号館の近くでT岡くんそっくりの人をみかけた.
ていうかT岡くんかと思った.


6月19日

つくば.どうやら修論に間違いはなさそうである.
証明も短くできてよかった.

波蘭国の貨幣単位「ズウォティ」を数える際に
日本語で「一本,二本,三本」を「いっぽん,にほん,さんぼん」
と発音するのと似た現象が起こることを知った.


6月18日

「地球の歩き方」を買ってみました.
これは別名「地球のだまされ方」だといつか聞いた気もしますが.いや,頼りになる本です.


6月17日

シモキタの喫茶店で勉強.その後,教養の図書館.
教養の図書館の「学生用図書」に(専門的な)数学の本が多数ある.
中には読める人が何人いるんだろう…な本もある.
それらが洋書であるということも,見落としがちだが重要な点だと思う.


6月16日

片岡先生の授業「§3 佐藤超関数と相対コホモロジー」キター!!
丁寧な導入をしてくれて嬉しい限りなのですが,残り授業回数が….

野沢くん,中岡くんと廃棄処分のPCを運ぶ.たまには力仕事をしないと.
Coarse 幾何のセミナーにもぐる.Coarse の定義は難しくなかった.
でも,定義が分かったら分かるというものでもなさそうだ.

新ドメインに移行してから,検索で来る人が増えてきた が,これは検索語最長記録.

実は修論に新たなる不備がみつかっていて,今週はその修正と検証作業(証明の書き下し)
とを主にやっていた.(cf. 6月9日 …さて,帰ってきたのはいいが….)
その検証作業も,たったいま,ほぼ終わった.
以前ならここで絶対やめていたが,もう一歩だめ押しの確かめをしておこうと思う.


6月15日

今日のなんでもセミナーは高校数学で大丈夫ということで,逆について行けるかどうか
かなり不安であったのだが,最後の方を除いてまあついて行けた.

「日本語,英語,フランス語,ドイツ語のいずれかで答えよ」
に違反して単位を落としたという伝説を誰か作っていただきたい.
特にポーランド語を書いて単位を落とした方は師匠と呼ばせてください.

多分部分群が念頭にあると思う→
閉じている,を公理に入れるとは,要するに公理の支配領域外について公理が言及している訳であります.
おそらくこの点が違和感の原因であります.


6月14日

今日は髪きった.美容師さんの教材とはいえ,五時間拘束は疲れる.
終わったらごはん食べてすぐ帰った.


6月13日

波蘭語と下北沢の喫茶店と.


6月12日

つくば.修論でやったことに関する反省.


6月11日

今日は良い考えが浮かばず,そのうちにごろ寝してしまったため,昼間に寝すぎてしまった.
雨だったから外にも行かなかった.


6月10日

立川に行って書店→喫茶店→書店と移動して帰る.
物理の本の中で群が定義されるときは,どういう訳か
「G は演算について閉じている」という公理が明示される
ことが多いような気がするが,違和感がある.


6月9日

妙にリアルな夢を見て,少なくとも自分は二回寝言を発し,
うち少なくとも一回では「多様体の…」とか言って目が覚めたと思うのだが,
Tくんには聞こえていなかったという.
このような「自覚できる寝言」というのは,夢の中で
自分が語気を強めて何かを発言したときに起こるようだ.

僕がそのときに主張しようとしたことなど,覚えているはずがない,
と,この文を書いているときまで思っていたのだが,思い出した.
そのとき私は「自分の考えている多様体は座標近傍の張り合わせが可微分でも,
まして解析的でもなく,ただの同相写像である」
という意味のことを言っていた.少なくともその断片は実際に声に出たはずだ.

京都は喫茶店が多い.
東京にもまあ喫茶店が多いといえなくはないけれど,
何種類かのチェーン店がぞろぞろと軒を連ねているだけで
京都とはだいぶ意味が違う.
私は京都をひいきし過ぎかもしれないが,
東京(の都心)に居て見たくないな,と思う諸々のもの,
それらは意識的に視野から排除しているのだが,
そういうものは大抵京都にはない.
少なくとも,ないと思える程度の量しかない.

逆に,自分によい影響を与えそうなものや,心地よいと思われるようなものが,
お金をかけなくても歩いているだけで入ってくる感じがする.
うまく書けませんが,とにかく京都はいいです.

さて,帰ってきたのはいいが….


6月8日

Tくんの家に厄介.
ぐっすり眠れて講演を聴く気も起きてきた.

バナッハ空間論は,凸性の周辺のデリケートな性質が色々出てくるみたいだ.
例えば単位球体はノルムの公理により凸であることが分かるが,
その様子は$\ell_1$と$\ell_2$とではだいぶ違うようだぞ,とか.

それにしても,講演の多くが非線形写像に関するものであったこと,
また連続写像の不動点,ないしその族の共通不動点,といった
トポロジカルな話題も多かったことに,僕はだいぶ勇気づけられた気がする.
凸性という性質は位相不変ではないが,その性質を不動点性を用いて特徴づける
ことも可能な場合があるようだ.

ということは凸性のある部分はトポロジーなのであろうか?
はっきり言うと,位相空間論なのであろうか?
希望的な解釈も大いに混ざってはいるが….


6月7日

夜行などで京都に行くものではなかった.
座った状態で睡眠をとることは僕にはもともと無理だったようだ.
夜行で五十泊くらいはしたことがあろう筈なのに,なぜ,今の今まで
気が付かなかったのか.

まず終点で起きると,足がしびれて動けない.
何か圧迫された状態のままで眠っていたにちがいない.
そして,他の乗客はみんな降りている.すっからかんだ.
もう泣きそうである.

とりあえず手すり等につかまりながら,近くのおじさんに
心配そうに声をかけられながらも車外に脱出する.

しかしまだ京都についてなどいない.乗り換えなければならないのだ.
乗り換える途中のことなど何も覚えていない.

京都についたが,体は言うことをきかず,とはいっても
駅前の地下道の喫茶店で軽い朝食を摂ることはできたらしい.
しかし,テーブルからレジへの移動が甚だ億劫であったことからして,
まだ正常な状態にはほど遠い.

わざと逆向きの地下鉄に乗る.
寝る必要があるのはよいとして,
寝るのに適当そうな場所は,電車の中くらいしか見つからなかった.
遠くの終点まで行って戻ってくれば,眠る時間くらいは稼げそうだ.

大和西大寺の駅を見たような記憶が存在するが,
それが幻であったと言われれば俄かに否定することはできない.
しかし自分の記憶を信ずるならば,そこから地下鉄直通の電車に
乗ることによって再び京都駅を通過したはずなのである.

大学近くの駅で降りた.とはいっても駅からは結構歩く.
多少は体調がよくなったが講演を聴けるまで回復しているかまだ微妙だったので
時計と相談の結果,一番目の講演はとりあえずあきらめ,
そば屋でそばを食べて,二番目の講演から聴くことにする.
しかし,講演は全く頭に入らなかった.失礼にも私は眠ってしまった.
歩くことと食べることとがこの時の私の限界だった.

過去のある時期において,夜行列車に乗ることは無条件に楽しいことだった.
そして,夜行列車を縦横に利用することは,
いわば図上演習的な計画を実行する楽しみの最たるものだった.
(もっとも,今書いたことさえ,自分が思ったことに関する記憶,という,
不確かで,言葉の宛てようでも大幅に改変しうるものに基づいている.)
非常に確かに分かっていた筈のものですら,分からなくなることはあるようだ.


6月6日

子供には6歳の6月6日に習い事を始めさせると良い,という言い伝えがあるらしい.

久しぶりに波語の授業に出席.最近(曜日を除いて)波語から離れがちだったので
刺激になってよかった.やはり,ちゃんと知っている人に教わるのは違う.
明日からバナッハ空間の研究集会に行ってきます.


6月5日

Poniedziałek
ポーランドの一週間おわり.月曜日が4音節あって一番長いみたい.
それから波語ウィキにはこれからも日本語以上の収録語数を維持していただきたいなと思います.

今日はつくばに行って,午前に話を聴いて,それから午後に発表した.
午後の発表というのもいまいち発表の体をなしていなくて,
先生の理解力にささえられたもので
なんとも心許ない.

コンタクトレンズを新たにつくりに行った.3ヶ月分で 9000 円ほどだった.
最後に,何とかキャンペーンで,入会金を払うとこれだけ割引になります,
とかいうチラシを見せられたのだが,多分損すると思ったので断った.

それから昨日紹介した本ですが
昨年福知山線の事故の起こる少し前に出版されていて
本のあとがきで
「尼崎駅に,各方面から列車が一斉に到着し,乗客の乗り換えが終わるやいなや
発車していくさまは,スジ屋(運行計画作成者)の芸術品とすら感じる」
といった感想を述べている.
もちろん,これはスジ屋の知恵を最大限に結集したもので,
おそらくパズルに近い問題の解答でもあったのだろう.
しかし,その解答を手を尽くしてひねり出した結果が却って無理をきたしていた,
ということは,筆者にとってすら一つの反省事項だったのではないか,
と推測する.

時刻を設定するときに,遅延回復のための余裕,というのを設けておくそうだ.
しかしこの本によると,「いざというときは」,熟練のスジ屋は,
実はここにはもう少し余裕があるといった知識を用いて,それを削ることもあるという.
例外的措置としての「いざというとき」の乱発が起こっていたのかもしれない.


6月4日

Niedziela

いかにも鉄道マニア的な見地から見た,鉄道の雑学的な本は
もう嫌というほど目にしていて,
その中には,新鮮味のある話題を如何にひねり出すかに
ひたすら腐心しているものも多い.
数学の本,特に教科書的なものには,巻頭に
「この分野でこれ以上の本を書くのは,屋上に屋を重ねるようで畏れ多い」
といった,ひじょうに謙虚な前書きが書かれているものもよく目にする.
その基準でいけば,世に鉄道の雑学本を書く余地は一分もないように思われる.

「列 車ダイヤのひみつ―定時運行のしくみ」は,
そのような本が(見る人が見ればだが,)氾濫している中で,
鉄道事業に実際に携わっている人が,豊富な経験を基にして,
列車の運行計画の作成というものが如何に緻密な計算をもってなされるか,
また様々な理由で発生するダイヤの乱れを,どのようにして乗客の利便を損わずに
修復するかについて,解説したものである.
たとえば,次のような処置例は,乗客の立場からは,直ちには事情が察し難いが,
なるほどと思わされる.(もっとも,こんなことは全くの初歩なのだろうけれど.)

通勤ラッシュ時に乗り降りに手間取り,ある列車 X の遅延が始まったとする.
これを放置すれば,X には,以降の停車駅では後続列車に乗ろうとしていた乗客が
合わせて乗ってくることになり,よけいに遅延が増大する.
そこで,運転司令室からの指示によって,X の直前の先行列車の発車をわざと少し遅らせ,
X に乗ろうとしていた乗客の一部にはそちらに乗ってもらう.
そうすることで, X への乗客の集中が緩和され,遅延の増幅が防げる.


6月3日

土日に渋谷行って勉強してもロクなことがないですね….
もっと郊外にいい喫茶店ができないものでしょうか.

席を取ったつもりで論文などを入れたファイルを置いといたら, 席を取ったとは見なされなかったらしく(それに店内は混雑していた),
カップルに座られて物珍しそうに見られてしまった.
別に盗まれたりして困るものは入っていなくて,それはよかったのだが,
さすがにここで自分は席を取ったと主張すると諍いの原因なので
たまたまその時空いていた席に座りました.席が空いててよかった.

今日,土曜日は sobota(ソボータ).「土曜日に」は w sobotę(フソボーテン).
サボテンみたいだ.こういうのはやはり早く覚えてしまう.


6月2日

別にそんなに飲みたくないし.

今日は piątek,ピョンテク.
片岡先生の本,一体何が書いてあるんでしょう.
Moise の本も読んでみたい.
みんなが使っていて誰も証明を知らない定理の宝庫だ,あれは.

野沢くんがコンツェヴィッチ氏の講演を聴きにいったそうだ.

Zeeman が日本生まれとは知らなんだ.
入江くんの発表が聴けないこと残念至極.


6月1日

今日は波蘭国では czwartek (チュヴァルテク)といいます.

なんでもの聴衆が旧現象関数だったので二週終わりにして心底よかったと思いました.
きっと皆さんお疲れなのだと思います.レジュメの残部があるので,欲しい人は
来週のなんでもの時にでも取っていって下さい.
ちなみに来週の czwartek はバナッハ空間の勉強のため
京都にいるのでなんでもには行けません.

なんでもも終わったし本格的勉強モードに戻ろうかな. でもちょっと,飲みたい!


5月31日

今日はśroda(シローダ)です.

この機会に波語独特の文字を書く練習をします.機種によって出なかったらごめんなさい.
まず a や e の右下にシッポ.

Ąą Ęę

次に c や n や o や s や z にアクセント.

Ćć Ńń Óó Śś Źź

z にドット.

Żż

最後に,l に斜線.

Łł


5月30日

今日,火曜日は,wtorek(フトーレク).とりあえず曜日の波語くらいは
覚えとかないと.とりあえず一週間続けよ.

ここは正直に書く日記だから書きます.
筑波の学生でもない私が,ただご好意での指導のお世話にばかりなり,
他方で東大の研究環境の恩恵にあずかり,誠にこのうえない幸運に自分は恵まれていると思います.
筑波大学の皆様には,感謝しなければならないと思います.

とはいえ筑波にしてみれば,都合のいい部分だけをつまみ食いして逃げている東大の学生がいる
という訳でもありまして,自分のやっていることがどこまで正当なのか悩むこともあります.
学問の自由,学ぶあり方の自由,という「原則」だけが,ただ自分を支えている訳ですが….


5月29日

今日はコンニャクの日.

ブルバキ数学史の文庫本を買った.何度でも,楽しく読めそうな本だ.
これで上下巻あわせて 2000 円とは安い!

K先生の講義に顔だけでも出したかったのですが,つくばでセミナーでした.


5月28日

25年間使ったという家の電子レンジが新品に交替した.
今の電子レンジは回転しないらしい.不思議だ.


5月27日

論文読み.
波語の発音は「ジヂ」みたいなのを母音を挟まずに言うのが面白い.


5月26日

K岡先生の授業はずっと 100% 解析学のようだ.
Mっちーのページを初めて見る.


5月25日

午前の最初の講演を聞いて,東京に移動.
家への土産は,百万遍にちょうど和菓子屋さんがあったのでそこで買う.
K会には,セミナー中に食べても手が汚れない菓子ということで,
(生でない方の)八つ橋を駅で買った.

なんでも.来てくれる人が多くてよかった.
来週は終わりたい.


5月24日

今日は一日中講演を聞いた.あらゆる物に群が作用している研究集会である.
どう見ても次元の等しいベクトル空間 V, W について
「定理.V と W とは同型.」
とか書かれてて,かなり長時間意味不明だった.表現の同値.

ちゃんと分かった物はないといえば全然ないんですが,
聴いて損のない話ばかりだったと思います.
特に,手術の問題については興味深く聞かせて頂きました.

昨秋にも泊まって,今回も泊まって,
彼は数学にたいへん真剣である,
負けてはならぬとの思いを強くする.
また,私と全く違う経路を辿って学んでいる
彼の数学的真実性についての感覚が私のそれと
多分に異なっているらしいことも明らかになった.
彼の見解を鋭角に受け取るならば,具現的な検証
を許さない数学的対象は,排除される.特に,
私の取り扱っている対象は,かなりが排除される.
以後この議論を深めていくべきであると思われる.


5月23日

筆箱を落としたのは新幹線でまず間違いなかろうという結論になったので,
京都駅にとりあえず聞いてみた.

昨日は寝過ごし時のリスクを考慮して新大阪行きに乗ったのであるが
そのため忘れ物も新大阪で止まっているはずである.これは幸運だった.

しかし,列車の番号と席番とを指定して問い合わせはしたものの,
筆箱は出てこず.学部三年の時から苦楽を倶にしたシャープペンシルも
諦めざるをえなかった.
その金属の胴体についた灰色の傷やら,
クロムメッキが剥げて錆と銀色の混じった色など.
名残惜しいものであるが.

コンビニで買った代用品でノートを取る.意外と,書いた感じは
悪くなかったような気がする.

懇親会.とある先生の還暦お祝い.私のような飛び入りに
祝う資格があったものか,と思いつつも,拍手.
寿司桶には真ん中の方にお行儀よく握り寿司が置かれている.
(数理ビアパーティー基準からみると?)ちょっと物足りない.
食べ物以上にビールを飲んだ.


5月22日

という訳で,まず筑波へ.
無限次元(Hilbert)多様体ではホモトピー同値だったら同相とか,
いろいろな誤差を無限遠方に飛ばすことで面白いことが起きるのですが,
それに近いお話.そろそろこの辺も説明できるようにならないとな….

さて,その次に京都.バスの少ない夜間とはいえ,
さすがに鉄道のみで京大近辺まで到達するのは
無駄が多すぎると感じた.

とはいえ出町柳まで何事もなく到着.
と思ったら筆箱がない.
書くものがないと,やる事に事欠くこと夥しいものがある.
ポーランド語のCDにすら集中できない.

Tおか家でねる.手土産は芋ようかん.


5月21日

携行品を最低限に切り詰めて,まるで学校に行くような荷物で旅行に行くのは
気持ちのいいものだ.

明日から研究集会に行ってきます.


5月20日

来週はつくば→研究集会→なんでもが一続きになっている.
どこかで失敗しそうな気も.

今日は数学の面倒なのを色々やった.


5月19日

片岡先生の授業. 5月18日

今日は曲面結び目の話に入った.形式的証明に繋ぐ努力は初めから
放棄してはいたのですが,そろそろ非形式的納得も十分とはいえません.
ところで,自分は形式的証明が繋がるギリギリの線で活動したがる,
そんな癖があるように思われます.

なんでも.最後のスペクトル半径の公式の証明がテクかったです.


5月17日

ちかごろの落書き帳には,写像柱を無限にどんどん繋いだ絵とか,
数学なのか不明な絵が書かれていて,傍からどう見えているのか気になったり.

分岐点の周りを回ると,どういう一次元ブレイドが見えるか,
という情報で二次元ブレイドは決まるんだそうだ.


5月16日

セミナーに集中講義に波語.
今日は授業(ないしセミナー)が三つもあった.
アホアホに疲れる.


5月15日

「orz」の波語読みは「オシュ」

うどの天ぷらを食べた.


5月14日

なんでもの発表が気が付いたら明日とかいった事態に備えてレジュメをつくる.


5月13日

冷たい雨の日だった.
列車はやっぱりやめとくか.


5月12日

今日はちょっと波語(ポーランド語)をやった.
「A さんと B さんが今日出発する」という波語表現は
発音が難しくて逆に印象的だった.

双線型写像の像が部分空間にならない例を考えた.


5月11日

ふう言うことなし書くことなし.


5月10日

XB は面白そうだ.でも暑かったという思い出がある.やっぱりやめとこ.

確率論を返して「Lie 群と Lie 環 1」を借りる.
そんなのとっくに読んだ,ないし内容は既知,という読者も多いかもしれないが
まったく表現論の素養を欠く―あ○のりと数学の話のできたためしのない―
いや,そのような状態が続いていても決して悪いことではないかもしれないが,
私には読む価値のある本である.

最近,一つの論文に齧り付いたことの反動で,気に緩みが出ている.
その間にも時間は経過しているということに,意識的でありたいものである.
こうして日記を記すことで,時間の経過を日一日と感じ取ることができるのは幸せである.

もう,今日の私の体たらくは,筆舌に尽くし難い.
山手線一周睡眠(渋谷→東京→新宿)して,130円と思ったら,
その間の運賃は150円であって,自動改札機にダメ出しを食らう.
いや,本当は入場券を使って渋谷で降りたかった.しかし入場券を
売る券売機は一つだけだ.それに気づかなかった.
その後喫茶店勉強計画を立てるも,結局,風景をボーっと眺めるだけで終わった.
帰りの電車ではホームレス風の人が隣に立っていた.自らの存在をかき消すかの
ように,彼は金属パイプにしがみつき,小さくなっていた.
明日はわが身なりと思うと,遠い世界のことであるとは思えない.

こんなことではだめだ.日々額に汗して,勤労に励む同輩達に申し訳ない….
せめて,しずかに論文に向かう,ないし考える,という,緩い義務を,全うしたいものだ.

しかし,意思疎通がほとんど十全にできる土地で,しかも諸設備の利用法も
理解したうえで,回数こそ多いものの,快適な旅行しかしたことのない私にとって,
海外はやはり怖い.けれども,生きて帰れるだろう,くらいには思う.
ちなみに初渡航である.その目的地が中東欧というのは結構レベルが高いと見做されるかもしれない.

まあ,実際のところ,文章から想像されるほどあまり深く考えていないんですが.
この「深く考えない」力は年齢とともに身についたものの一つでありましょう.
欧州の列車の手配もやってくれる素晴らしい方々も日本にはいらっしゃるようなので,
一つ頼みの綱として,頼んでみようかな.


5月9日

チェコ→ポーランドの移動で推奨されている夜行列車に
盗みを働く不逞の輩がしばしば乗車することが明らかになった.

それは相応の警戒で何とかはなろうが,
だいいちヴァカンスだと言って移動の激しいと伝え聞く
夏の盛りに,言語もろくに通じない場所で,
切符を手に入れることができるのか?


5月8日

つくばに行って,ああ,話すことなし…
もう前の論文を読んでクタクタクターなのです.クターはしませんが.
大部分のステートメントが「…(別の論文)と同様.」で片付けられている論文を見た.

ポーランド語とか言ってる以前に英語がほとんど話せないような気がした.
言おうと思ったことを片っ端から英語に翻訳するような訓練が必要だろうか?
いやそれ以前に日本語も音声言語としては微妙に自信がなかったりも.
母語の能力は外国語能力の上界という訳で甚だ苦しい.


5月7日

今日もポーランド語を少し勉強した.
基本的に意味と発音ないし綴りとの対応は,
慣習以上のものでないということを痛感する.
ドゥウゴピスと呼ばれてボールペンを,
オウゥヴェクと言われて鉛筆を,思い浮かべることができるなんて
別にこっちのボールペンやエンピツだって似たようなものなのに,
不思議である.

もっともロシア語を知っている人には違和感が少ないのかも.

ところで,NHKラジオを聴いていると,
民放ではたぶん規制の対象になっているであろう
表現が結構でてくる.
こうした言葉を聴いて差別表現だとか思うことが,
逆に恥ずかしくなるほど,潔くそれは登場する.
こうした状態が放送全般に広まることを望むものであるが,
実際には,聴衆が理解ある人たちであるという
暗黙の前提のうえに,これが行われているように思う.
NHKラジオの場合,老人を対象とした番組も多く,
それで何の問題もないのである.

あ,自己完結的な終わり方になってしまった.


5月6日

20頁の論文を読むのに阿呆ではないかと思うほど時間がかかった.
4月8日に出てきた「論文」と同じものにずっと付き合わされていて
穴が開くほど読んだとはこのことではなかろうか,と思いたくもなるが
ではそれを見ないで発表しないと言われたらやっぱり無理かな.
実は一個やり残しがあるが,ゆっくり考えるとする.

のざわ君おつかれ.


5月5日

今日はこどもの日だったようだ.

僕にとっては,こどもの日の歌といえば
「屋根よーりーたーかーいこいのーぼーりー♪」だが

親が子供のころは
「甍の波に雲の波…」
という歌も,よく歌われていたらしい.
由緒正しき五月五日の風景を表しているのだろう.


5月4日

なんつうか面倒.
今日は本を買った.

文字に関することは,昔から僕の関心事だったが,
そのことは数学が中心の生活にすらも,
多分に引き継がれている.

巨人の「巨」は,一画多い書体
(「臣−巨」の下の方の連結成分を,「巨」に合併したもの)
が昔からよく書かれていたということを書物で知って,
そのため「距離空間」と書こうとすると最初の一文字にその影響が出る.

またノートの表紙に「代数学」などと書こうとするときは,
視覚的効果などを考えて,「代數學」に似た書体の字を書くことがある.
かと思えば,板書を写す際には「数」の字を二画くらいで書くことも珍しくない.
最近では,ポーランド語を綴るときに,今迄と異なる言語であることを強調するために
英語等を綴るのと違う筆記体を用いるのが習慣化しつつある
(ちなみにこの書体は「ポーランド語の入門」という本に載っていたもの).


5月3日

論文に "because of certain technical difficulties,"
と書かれていることの真相の一部が見えてきた.
ポイントは,アイソトピーの可逆性.

五連休初日.ここぞとばかりに家にいた.


5月2日

実数全体が非可算集合であることの新証明を聞いた.
完備距離空間 (X, d) の Gδ 集合 G=∩n=1 Un (但し Un は開集合) の位相に合致した完備距離 ρ の構成:

・Fn=X-Un とする.Fn は閉集合より d(・, Fn) は Un 上,とくに G 上 0 にならない.
・d_n(x, y):=|d(x, Fn)-1-d(y, Fn)-1| (x, y ∈ G).これは G×G 上で連続な擬距離.
・ρ(x, y):=d(x, y)+n=1 min{1, dn(x, y)}/2n


5月1日

つくば.
ここですらちゃんと説明する気力は萎える.
まあそれが普通なのだろうが….


4月30日

同じ論文をずーっと読んでいると
HP が吸い取られていく感じがします.
やくそうを下さい.


4月29日

ビアパーティー.それなりに楽しかったけど,
参加者の食い意地が名物のパーティーで,食べ物が余るのはねぇ.
学部生の参加が少ない,あ○のりがいない,等いろいろ思い当たる理由はある.

ジェネラルトポロジーという分野について Od 君に質問されてちょっと困った.
現代数学の大きな流れからは,いまは残念ながら孤立している,と言った.
間違いではなかったと思うが,それだけでは良い答えではなかったと思う.
まだ見識を宏める必要がある.

(もちろん位相空間論そのものは数学の多くの分野において
さまざまな形で定着していると思います.しかし,現代数学の
輝かしい成果とされるものの多くは,戦後に発達した「分野としての」
位相空間論とは無縁であると推測します.というのは,多くの分野で
重要とみなされる例は,位相空間論のより古典的な部分ですでに
カバーされているからです.しかし逆もあるかもしれません.つまり
古典でカバーできないゆえに例外的病魔とみなされるというケースです.)

次回は夏の盛りのスイカ割り会.楽しみだ.


4月28日

ネット通販でツバメノートを買って,昨日入金したらもう届いた.
便利なものである.送料がいささか高いが.
博士に入ったのでノートを変えようかと思っているが,多分これにすると思う.


4月27日

アジア数学史セミナーに行った.
術数学,略して,数学.
数学が神秘性によって武装される必要があった,という時代の話でした.
なんでも,朝鮮にはソロバン文化が定着しなかったため,
算木を用いた「天元術」が生き残り,それが日本に伝来し,
いや秀吉が勝手に持って帰ってきたというべきかもしれませんが,
和算というものが発展したという話です.


4月26日

今日は一日家にいた.
NHKラジオで木村達雄先生の話を聞く.
K会などでよく耳にする偉い数学者の名前が
次々ラジオから聞こえてくるので,
これは本当にラジオかと思った.


4月25日

昨晩はまるで眠れなかったので,今日は一日それを引きずった.
うーむ.本調子ではありませぬ.

後輩が 2-braid の話をしていたが,図式だけからそれがどういう曲面を表すか
読み取るのはなかなか難しい.そもそも曲面を表しているのかどうか,も素人には難しい.
今日は家で,セル分割を考えてオイラー数を計算した.どんな曲面か分かった.
やはりオイラーは偉いと思う.


4月24日

ポーランド語の Wikipedia は日本語並みに収録項目数が多いことが分かった.
或る程度の初歩が身につけばこれを語学学習に活用しない手はないだろう.
もっとも,私の PC 環境ではポーランド語が正しく表示できないのだが.


4月23日

家の前に幹線道路が開通した.
位相空間論の便利な補題や面白いと思った事実をその都度ノートにつけることにした.


4月22日

この線とこの線は交わる,いや交わらん,うんぬん,とかやっていると一日が過ぎた.


4月21日

今週の片岡先生の代数解析学の授業はすべて解析でできています.

麗らかな春の陽気.
猛暑の日,寒風のふきすさぶ日,嵐の日,すべてがこの日のためにあったかのようだ.


4月20日

電車で座るときに背筋を伸ばすと,非常に気持ちがいいことが分かった.
普段,いかに自分が背を丸めて机に向かっているか,ということか.

坪井研のセミナー.珍しく,80%位ついていけた.4年生セミナーも垣間見たけど,
さすが「展開」だけあって,かなり大胆な間違いもあって苦労している模様.

Milnor の Characteristic classes は私が借りています.
Matsumura の Commutative algebra はかなり借り尽くされています.
M1が借りているのでしょうか.

新井先生の錯視の話を聞く.
錯視図形から「錯視成分」を引いて錯視がなくなった.
Oだ先生がそれを渋い表情で見つめる.


4月19日

渋谷で喫茶店勉強.アイスコーヒーも二杯飲めば手が震える.ほんとは紅茶にしたい.


4月18日

セミナー.2-braid の人,特異点論をやる人,新入りが続々.
ZIMA はポーランド語で「冬」という意味です.
発音はズィマではありません.ジマです.多少ジーマに近いそうです.
お見知りおきを.


4月17日

つくば.内容/準備時間が異様に少なくなってしまった.
ちなみに,つくばのセミナーは,先生の研究室で白板に書いてやっています.
そういうやり方が普通なのかもしれませんが,セミナー室があまりないという
理由もあるのかもしれません.


4月16日

おそろしく速く過ぎて行った一日.今まで読んできたことを整理するはずだったのに.


4月15日

組合せ位相幾何学は一度ちゃんと勉強すべきか.
いや微分トポロジーか
両方は無理な気がする.
位相空間論も分かりたいことがいろいろある.常に選択は難しい.

Counterexamples in Topology は持っていません.


4月14日

計算ができない病も膏肓に入ったか.
単なる抽象代数以外はほとんど言うことを聞かない気がする.


4月13日

学部で一緒に勉強していた面々もそれぞれの専門や職場へと,
段々と分かれていっている訳です.
もう研究内容についての意思疎通は
簡単にはできないのが実情でしょう.

そんな中,私はと申しますと
平面上で小学生の図工レベルの議論を追っています.
算数ではなくてあくまで図工なのがポイントです.
これを数学にするためには,
中間値の定理,ブラウワーの不動点定理,
ジョルダン曲線定理,シェーンフリースの定理,
あるいは,PL多様体における正則近傍の理論等々.
(セミナーでは絶対聞いてくれない部分ですが,毎回,かなり必死に考えます).

この図画工作をできるだけ高次元でやりたいというのが
思っていることです.


4月12日

今日は菓子を買った他には外に出なかった.
「『P ならば Q』の真理表」と称して「P が偽か,または Q が真」
という表を書くのは,P の真偽を知り得る神の立場に立っているようであって,
ただ事ではない気分がする.
(たとえば,P と Q の両方とも未解決問題で,
「 P ならば Q 」がその間の含意を述べている場合など.)


4月11日

ポーランド語の授業に出てみた.語学といえば1号館.
教養の語学は「だるいガス」を吸わぬよう,半歩引いて受けるべし.と思った.
ポーランド語でこれだから,独仏語などはよほど注意していない限り
眠ってしまうのであろうし,実際僕が独語の授業を受けていたときもそうだった.

あいかわらずビラ散乱してますね.
こんな教室で一年間勉強していてやる気のつづく人が少ないと思うのですが.
1号館は歴史的建造物としての云々もあるかもしれませんが,
語学の学習はおろか凡ゆる学習活動に不適当なことは明らかです.
徹底的な改修を行い,ビラの撒き散らしを一切禁止することを望みます.


4月10日

つくばに行く途中の中央線快速が人身事故で止まって,防護無線発報.ブーー.
各駅(黄色いの)に乗り換えると,黄色電車にあるまじき混雑でした.
なんか車体の壁面に外から押し付けられたような気がします.危ねぇ.

帰ったら読売新聞に載ってたのが↓
彌永先生,100歳の快挙
100歳まで生きること自体がそうそうできることではないのに,
数学に関しても現役でいられるなんて…神です.


4月9日

ずーっと文意を取り違えて読んでいた.はいっ読み直し.
数学は分かるようになったり分からなくなったりする.
いま,分からなくなっているところだと思う.


4月8日

今日は睡眠が浅く故に覚醒も浅く,夢の中の会話に脈絡のない
言葉が入り込んだと思ったら,それが枕元のラジオの音声であった,というような体である.
回らない頭で論文を読み進めているが,平面特有の点集合論トポロジーが難しそうである.

花粉のために鼻はつまり,乾燥のために顔,手足の肌がかさつき,喉がかわき,
全身がむずかゆくもどかしい,いらいらする日だった.


4月7日

いつになく意識が活発だ.一日中意識があるのかないのかはっきりしないような,
考えがまとまらず,むしゃくしゃして,すぐに床に伏しては,起き上がり,
そんな日もあるが,こう目覚めていると,生きていて良かったと思う.

今日は片岡先生の授業を受けに行った. 抽象論を説明するだけでなく,そのようなことを考えるに到った過程から
解説してくれるということで,置いてけぼりにされずに済みそうな気がした.

ポーランド語の入門書を製本した.
150枚の紙をホッチキスで綴じることを,
日々酷使を受けている機械で実行するのは
たやすいことではなく,ゆえに東大数理でも意外に難しく,
断念せざるを得なかった.


4月6日

坪井研はにぎやかになる予定だったが,想定外ににぎやかだった.
なぜかと思ったら4年ゼミのメンバーも来ているそうで,T山さんも来ていた.
「離散群」だって.聴きに行こうかな.

昨日書けなかったんですが,書籍部は見た感じ大幅に改善されていますね.
これなら数学書も存分に置けそうです.
ついつい「ブルバキ数学史」の文庫本を買いそうになってしまったよ.

ポーランド語の入門書が製本できず…ホッチキスの機嫌をとるのは毎回難しい.
色々なものが動き始める予感.春ですね.


4月5日

入学式.総長式辞は今までで最も「主張」が明確であったように思う.
専門分野が,下手をすれば人の数だけありかねない人々の前で何を話すか,
という選択が凡人に務まらないことであることは想像に難くない.
「一芸に通ずる者は多芸に通ず」という一言を日常にどうフィードバックすべきか,
その自問はこれからも発せられていくことであろうが,
しかし,とりあえずこの主張に関して深く考えることは当分しないことにしようと思う.
むしろ積極的に忘れることで,却ってこれが達成されるような気がしてならない.

この主張の明確さそのものにも,大学が世間の風に敏感になろうとしている,
というメッセージを感じる.そのような姿勢はよいことであると思う.
(それでも,大学の活動のある部分は世間の風に惑わされてはいけない,というのは
当然了解されていることと思うけれど.)
もっとも,活字にすればそれで文学の香り高くなってしまう,そして印象鮮明な
蓮見総長の話も,なかなかそれで良いものだったと思うのだが.

さて.駒場でも数理の入進学式.ここでも式辞は面白かった. ただ,二時間もかかるとは思っていませんでした.

新しい生協,なかなかいいですね.しかし,(例えば新入生用にノートや履物等を
平積みにして売るための)催し物場から生協に入ると,普通の売り場に行くためには
自動的にプレイガイドを経由しなくてはならないというのは解せない.
もっとプレイガイドを利用してほしいということなのか.

さっそく手に入れた学生証を使って,誰にでも薦められる,しかし絶版のポーランド語の入門書,
というのを借りて,コピーをしてみたり.
夜は豚と梅酒の店でのみました.
帰りは京王線がとまっていたので小田急線を使った.
実はこのような事態は長い駒場通学歴でも初めてである.京王線は頼りになる.


4月4日

健康診断に行くと
「博士の学生証がまだないんですね.数理の窓口では
もう発行しているので時間があればもらってきてください」
というのでわざわざ数理に行ったら
「今日はガイダンスのため窓口業務は休みです」とな.軽く怒り.

さいとー君のセミナー.区分的線型キタコレ! とか言ってるうちに
セミナーがアクセラレイターズにアクセラレイトされて落伍しました.
然るべき体調条件のもとで考えれば何も難しいことはないはずなのですが…残念.

ね○しでめしの後,こんどは自分がさいとー君の前で話してセミナー.
…ああ,これではセミナーというかセミナー予行演習だ.
これを反省材料にしてなんでもセミナーで頑張ります.さいとー君ごめんなさい.
ところで集合列の収束のつもりで A_i-->A と書いたら,
さいとー君に環の射か何かと勘違いされたらしい.
テキストの校正,恐るべし.


4月3日

つくばセミナー.

チェコでの研究集会 に出てみたいと言ってみたら, ポーランドの研究集会 にも出てみるといいという話だった.
ところで,さい○ー君からも同じような話を聞いたんですが.
こういうのを,「類は友を呼ぶ」とか言うんでしょうか.


4月2日

2 次元というのは複素解析ができるんです.自分が複素解析を使う論文を読むことなんて
おそらく今後もあまりない気がしますが,これを読めば,院試でのM尾先生の質問には
答えられるような気がします.


4月1日

今日は昨日書いた答えを持っていった.残務整理ね.
何日か前に SEG で,ハーツホーンを読んでるチューターに

「トポロジーなのに確率論必要なんですか?」

と真面目につっこまれたので,というか今年度はちゃんと研究せねばならんので,
大数の法則,中心極限定理,重複対数の法則…という一番美味しいところを我慢して
トポロジーの論文を読みました.

おそらくさ○とー君の前で発表できると願っていますがわかりません.